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母国学びに来た在日同胞三,四世の教師たち
(聯合ニュース 韓国語 2013/04/03)



「韓民族の子孫という正体性(以下、アイデンティティ)を隠したがる在日韓国人学生たちに堂々とした韓国人として暮らせるように勇気を与えたいです。」

日本,大阪で教師として働く中、母国を学ぼうと休職までして1日に訪韓した在日同胞四世のイム・チャンピョン氏(30)とキム・リナ氏(27・女)は、『2013在外同胞母国修学過程』に参加した通常の学生とは覚悟が格別だった

最近、『在日特権を許さない市民の会』(在特会)に所属する嫌韓(韓国を嫌う)デモ隊が大阪の在日韓国人密集地域でデモする姿を不安な気持ちで目撃したためだ

門真市第三中学校の美術教師であるイム氏と守口市第二中学校の養護教師であるキム氏は、来る11月末までソウルと公州で韓国語を学び、韓国の歴史・文化など母国を体験する。 

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2013在外韓国人母国修学に参加した在日韓国人キム・リナ教師(左)、イム・チャンピョン教師(右)


イム教師3日の聯合ニュースとのインタビューで「日本で生まれて育った在日韓国人三,四世に「韓国に帰れ」「死ね」と暴言を日常的に行う在特会の活動は大きな衝撃」としながら「在日韓国人の親たちは幼い子供が衝撃を受けるか心配で、在特会が道路でスピーカーをつけて叫びまくるときは家で子供たちの耳をふさいだり、テレビのボリュームを高めて聞こえなくするほど深刻だ」と伝えた。

彼は「四世に生まれて主流教育を受けて成長して教師になったが韓国をしっかり学んだことがない」として「学校で少数者である在日韓国人学生たちに韓民族の自矜心を教えるにはとても不足していて母国修学に参加することになった」と志望動機を打ち明けた。

学校内の人権部主任を務める彼は在日韓国人学生が置かれた状況を熟知している。

「在日韓国人という事実を隠す生徒の父兄に、子供が学校で『私は在日韓国人です』と堂々と表わして勉強できるように勧めます。しかし大部分は断ります。すべて差別に対する苦い記憶のためです。それで二世、三世の親たちは差別を避けようと子供に日本国籍を取得するようにします。」

四世であるキム教師もイム教師と志望動機が似ている。彼女は「先祖と異なり、自分たちは日本で暮らすほかはない人なのに韓国系ということを堂々と表わすことができないのはまた他の暴力」としながら「だからこそ自分のルーツをよく知ってアイデンティティを確立するのが重要だと思い母国修学を志望した」と明らかにした。

「日本で在日韓国人として暮らすということは、多くのことを我慢して、時には隠すようにさせます。民族学級に通った生徒たちがアイデンティティについて堂々としていられるように助けるのが在日韓国人教師としてのすべき仕事だと考えます。今回、見て、聞いて、学び、体験したものなどを日本に戻って民族学級の授業を支援するのに積極的に活用するつもりです。」

日本政府は在日韓国人が多く居住する大阪を中心に小学校と中学校に民族学級を設置しているが、200個余りに過ぎず、日本全体として見れば1%に満たない。

2人の教師は中国、東南アジア、ヨーロッパなどから来た学生たちは自分の国籍を隠さないのに、在日韓国人だけが差別の痛みのせいで縮こまって国籍までごまかすのは残念な現実だと口をそろえる

これらは学生時代、差別と偏見なしに生徒に向かい合った日本人の先生のようになりたいという希望を育てている。

「思春期を経る在日韓国人学生たちにアイデンティティは選択でなく与えられたんです。それでさらに受け入れ難いのです。差別はたくさん無くなったが、まだ就職、結婚、外国人登録などで不便を甘受しなければなりません。在日韓国人としての人生を受け入れて肯定的に暮らせるように助けたいです。」(機械翻訳 若干修正)



在外同胞母国修学:在外韓国人に韓国語・韓国文化・韓国史などを教育する公的制度。国立公州大学の韓民族教育文化院が運営。大学の寄宿舎で生活。3か月コース(4月開始・9月開始)と8か月コース(4月~11月。7,8月は夏休み?)がある。
3か月で1,896,000ウォン(約16万円)(授業料:690,000、寄宿舎費:450,000、食費:756,000)。
成績・生活態度などにより奨学金支給もあり。




ちなみに、イム氏の勤務する門真市第三中学校はこんなところ↓


国家斉唱 起立1人 卒業生170人 教員が指導か 門真の第三中
(産経新聞 2008/03/27)

大阪府門真市の市立第三中学校で今月13日に行われた卒業式で、約170人の卒業生のうち男子生徒1人を除く全員が、国歌斉唱時に起立せず、その多くが斉唱もしなかったことが26日、分かった。

式に出席していた3年の担任、副担任計11人のうち9人も起立せずに斉唱もしなかったという。学校側は事前に教員が卒業生に不起立を促した可能性があるとみて担任らから事情を聴いており、事態を重くみた府教育委員会も調査に乗り出した。

第三中や式に出席した関係者によると、式は卒業生や保護者らが起立して始まり、教頭の「開会の言葉」に続いて国歌斉唱が行われた。しかし、「国歌斉唱」とアナウンスされたとたん、それまで起立していた生徒たちは次々と座り始め、最終的に起立したまま斉唱したのは男子生徒1人だけだった。着席した生徒の大半は斉唱した様子がなかったという。式には、3年生を受け持つ担任5人、副担任6人も出席していたが、生徒たちと同様に相次いで着席し、起立していたのは副担任2人だけだったという。

式の後、一部保護者から事態を問題視する声が寄せられ、学校側は市教委に報告。さらに教員らが生徒に不起立を命じたり促したりしなかったかどうか、担任らから事情を聴いている。府教委によると、学校の調査に対し一部の教員は「生徒に国歌の意義について説明し、『式で歌うかどうかは自分で判断しなさい』と指導した」と話しているという

瀬戸和夫校長は産経新聞の取材に対し、「事前に不起立を指導していたのであれば、生徒の内心の自由を侵す行為で明らかに行き過ぎた指導。ただ、現在のところそうした指導があったという事実は確認されていない」と説明。教員の不起立に関しては「学習指導要領に従って起立するよう指導はしていたが、結果としてこうなってしまった」と話している。

府教委小中学校課は教員が全卒業生に不起立を促していた可能性が高いとみており、「非常に大きな問題で、偏向教育ととられても仕方がない。教員の不起立についても経緯をくわしく調べ、厳正に対処したい」としている。



>2人の教師は中国、東南アジア、ヨーロッパなどから来た学生たちは自分の国籍を隠さないのに、在日韓国人だけが差別の痛みのせいで縮こまって国籍までごまかすのは残念な現実だと口をそろえる。

「なぜ韓国人だけが・・・」ですか? 韓・朝鮮人がこう↓だったからですね。


【鄭大均著「韓国のイメージ 戦後日本人の隣国観」より抜粋】

連合国総司令部(GHQ)の担当官として終戦直後の日本に駐留し、後にハーバード大学教授となったエドワード・ワグナー(朝鮮史)は、『日本における朝鮮少数民族』(原著一九五一年)という論文で次のように記している。

〈戦後の日本においては、朝鮮人少数民族は、いつも刺戦的な勢力であった。数においては大いに減ったものの、朝鮮人は、依然として実に口喧しい、感情的・徒党的集団である。かれらは絶対に敗戦者の日本人には加担しようとせず、かえって戦勝国民の仲間入りをしようとした朝鮮人は、一般に、日本の法律はかれらに適用され得ないものとし、アメリカ占領軍の指令も同じようにほとんど意に介しなかった。そのため、国内に非常な混乱をおこした。占領当初の数か月、在日朝鮮人炭鉱労働者の頑強な反抗のために、日本の重要産業たる石炭産業の再建は障害をこうむった。経済的領域における朝鮮人のいろいろな活動は、日本経済再建への努力をたびたび阻害した。一九四八年の神戸における緊急事態宣言は、日本の教育改革を朝鮮人が妨害した結果、行われたものである。引揚げについては、占領当局が決定した政策を日本政府の手で実施しようとするのを妨害した。/このような、いろいろの要因および事件のために、日本人・朝鮮人間の伝統的敵対感情は一層深くなっていった。過去と同様に、戦後においても、在日朝鮮人社会は日本人から不信と軽侮をうけ、また、日本人の一般的不満感のはけ口とされた〉[エドワード・ワグナー、一九七五:『日本における朝鮮少数民族一九〇四~一九五〇年』二-三]

ほとんどすべての朝鮮人の不法行為は、そうした行為を犯罪としてみたとき、普通にもっている意味以上の影響をまきおこした。これは、ある程度は当然、日本の報道機関がそれに必要以上の注意を喚起したことによるものであるが、さらにそれ以上の要素は、小さな事件を派手な訴訟事件にする朝鮮人の性癖であった。朝鮮人を逮捕しようとする際に、違法者とは同じ朝鮮人の血をひいているという以外は、何の関係もない朝鮮人分子がこれに加わって暴徒と化した例は極めて多い。そのうえ、政治問題に関しての朝鮮人同士の闘争にともなう暴力は、日本人の眼に朝鮮人の無法さをより鮮やかに示さずにはおかなかった。/たとえ、このような事件で朝鮮人の犯罪性が拡大されることがなかったとしても、この犯罪性が日本人・朝鮮人の関係に与えた影響は依然として甚大なものがある。朝鮮人の略奪行為が、大部分、下層民の日常生活にとってきわめて重要な地域において行われたということもあった。さらに、朝鮮人は、日本に不法に入国しようとしたが、ときには伝染病をもちこんだという事情もあって、この不安をつよめる実例を提供した。朝鮮人は「悪者」だという心理が、時の流れとともに、日本人の心から薄れていくであろうと信ずべき理由は、なにもないのである〉[ワグナー、前掲書:一三〇]


(略)山中の地下工場で働いていて荷物をとるために名古屋に出たという宮沢信子(当時十八歳)は次のようにいう。

〈荷造りした行李を持って市電の乗場に並んでいた私達を、突然走って来た目も鮮やかな朝鮮服の一団は押しのけた。彼等のお祭りのような服装は、一面の焼野原の中に、妙にぎらぎらと輝いた。口々に朝鮮語でわめいては、どっと笑ってくずれるその空気は、明らかに私達を話題にし、嘲笑しているのが感じられた。なぜなのか私には解せなかったが、電車が走り出すと、その人達は、乗り遅れた私達に手を振りながら『独立、万歳』と日本語で叫び、叉どっと笑った。独立!何か直感するものがあって、私は顔が硬ばっていくのを覚えた〉 


〈しかもその暴力事件たるや、今日わが国の一部破壊的極左分子の採っているいわゆる軍事方針とその軌を一にしているが、むしろ日本人の破壊的共産主義者よりも戦術的には先行する形において武装闘争の手段に訴えており、この実力行使の方法も火炎瓶・催眠ガス弾・爆薬・唐辛子入り目つぶし弾・竹槍・パンク針等を早くより使用しているのである。このような在日朝鮮人の一部極端な破壊分子の動向は、ますます悪質化の方向にあり、そのために大多数の善良穏健な在日朝鮮人の立場を破壊し、日韓両民族の離間を招来してその親善協和に多大の暗影を投ずるものありと考えられる〉[吉橋敏雄、一九五二:「最近のわが国における朝鮮人団体の動向について」、『警察時報』、第七巻第八号 二八]


〝もう日本人じゃない〟日本降伏の直後、マッカーサー元帥が厚木に乗りこんでくると、まっ先にこう叫び出したのは在日六十万の朝鮮人だった。彼らの多くは戦前出かせぎのため日本に渡ってきたか、あるいは戦時中軍部の徴用で連れてこられたもので、内地における生活がみじめだっただけにこの強気が一度に爆発した。彼らは敗戦国にのりこんできた戦勝の異国人と同じように、混乱につけこんでわが物顔に振舞いはじめた。米でも衣料でも砂糖でも〝モノ〟が不足していた時代に彼らは経済統制など素知らぬ顔でフルに〝モノ〟を動かした。当時絶対に手にはいらなかった純綿のハダ着や雑貨、菓子類、ウィスキー、外国の医薬品など彼らのヤミ市では簡単に買うことができた。ヒロポンや密造酒が集散されたのも主としてそこだった。ゴミゴミしたマーケットから金持が続々と生れていった。完全な無警察状態――。そのいい例が二十四年春、東京深川でおこった枝川町事件である。朝鮮人四人組が月島の織物問屋から純綿八十二反を盗み出して巨利をせしめた。犯人の身もとがわかり、深川署の刑事ふたりが逮捕状をもって……出かけたところ、……逆に〝不審尋問〟され、袋だたきの目にあった。当時の朝鮮人の鼻息がどんなにすさまじかったか、容易に想像できる。〝見まい、聞くまい、振りむくまい〟深川署の刑事たちはそんな言葉で自分たちの無力を嘆じあったという〉[毎日新聞社編、一九五六:『白い手黄色い手』毎日新聞社 二九-三〇]


〈終戦当時、国内には強制連行された人を含めて朝鮮人、中国人は二百万以上いたが、とくに兵庫に多く、昭和十八年に十三万五千人、四十七都道府県の七パーセント強を占め、大阪、東京につぐ三位という勢力をもっていた。(中略)/彼らは闇市を掌握して巨大な利益をあげ、徒党を阻んでは瓦礫と焦土の神戸の街を闊歩していた。通りすがりの通行人の目つきが気に入らぬといっては難くせをつけ、無銭飲食をし、白昼の路上で婦女子にいたずらをする。善良な市民は恐怖のドン底に叩き込まれた。/こうした不良分子は旧日本軍の陸海軍の飛行服を好んで身につけていた。袖に腕章をつけ、半長靴をはき、純白の絹のマフラーを首にまきつけ、肩で風を切って街をのし歩いた。/腰には拳銃をさげ、白い包帯を巻きつけた鉄パイプの凶器をひっさげた彼らの略奪、暴行には目にあまるものがあった。警官が駆けつけても手も足もでない。/「おれたちは先勝国民だ。敗戦国の日本人がなにをいうか」。/警官は小突きまわされ、サーベルはへシ曲げられ、街は暴漢の跳梁に無警察状態だ。/さらにこれにくわえて一部の悪質な米兵の暴行も目にあまった。(中略)/彼らの行為を見聞きするごとにわたしは怒りにふるえていた。/彼らを制止し、阻止する者は一人としていないのだ。/警察は無力化し、やくざは手をこまねいて目をそらす。/いったい、だれが街を自衛すればいいのだ〉[田岡、一九八二:「田岡一雄自伝《電撃編》』(徳間文庫) 徳間書店 一七四-一七六]


(略)ヤミ市の朝鮮人、やくざとの抗争事件、警察署襲撃事件、鉄道輸送違反、在日本朝鮮人連盟(朝連)の活動、外国人登録証明書の不正受給や偽造変造事件といった在日朝鮮人にまつわる一連の行為は、大宅壮一がある座談会で語っているように、「朝鮮人と共産主義、朝鮮人と火焔ビン、朝鮮人とやみ、朝鮮人と犯罪」を結びつけて眺める思考を日本人に植えつけたのであり、それを解きほぐす作業は容易なものではなかった[『中央公論』一九五二年九月号]。この時期の在日朝鮮人の行為が日本人の心理に与えた影響を考察した数少ない論考で、加藤晴子は次のように記している。


〈平時であれば、内国人と外国人の地位はいずれの国家においても、内国人のそれの方が優遇されていた。(中略)ところが敗戦日本においてはまったくそうでなかった。外国人は、日本の権力の下でその法令に服するのではなく、連合国の権力の下でその管理法令に服することになったのである。そして、最上位に連合国人が存在して次に中立国人や無国籍人が位し、一番下に日本人が位置した。(中略)敗戦直後に朝鮮人が、敗戦で「われわれは二等国民で、日本人は四等国民となった」として連合国人としての地位と待遇を要求したのは、この縦の階層的関係を直覚的に悟ったからにほかならないであろう。そして在日朝鮮人はこの縦の階層的関係の中で可能な限り上に、すなわち連合国人にできるだけ近づくことを期待した。解放前に日本(人)に抑圧され差別されたという思いが深い分だけ、日本人とへだたった地位に、つまり連合国人と同様の特権を享受しうべく優遇されることを要求し、容れられない場合は実力で獲得したのだった[加藤晴子、一九八四:「在日朝鮮人の処遇政策過程にみられる若干の問題について―― 一九四五年~一九五二年」、『日本女子大学文学部紀要』、第三十三号 五五] 


(略)この時期の在日朝鮮人の行為を無視すると、なぜ戦後の日本人が、朝鮮人に対して、伝統的な蔑視というだけではなく、敵意や憎悪にみちた感情を抱いていたのかを理解することはできない




韓・朝鮮名を名乗ると“日本人に差別される”から日本名を使用していたのではなく、自称・二等国民の同類とみられ日本人から避けられたり、敬遠されるから日本名を使用し、国籍をごまかしていた人が多いのでは?



>先祖と異なり、自分たちは日本で暮らすほかはない人

光復(第二次大戦終了)後、または朝鮮戦争休戦後に祖父母が韓国に帰っていたら、父親が大統領になっていたかもしれないのにね。
※イ・ミョンバク前大統領、1941年に大阪で生まれ、1945年10月に一家で渡韓。

このまま韓国で暮らせば、子や孫が大統領になるかもしれませんよ。





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日本ニュース | コメント(12) | トラックバック(1)
コメント
  1. No title
    民族の誇りがあるなら帰化するなよ、帰れ
  2. No title
    門戸が開かれているにも拘らず、
    幾世代を経ても(曾孫世代の4世ですら)異邦人として他国にあり続け、
    現地に溶け込む事を拒み続ける。

    差別だ権利だとの声だけは殊更に大きく、
    あまつさえ、本国の反日姿勢をすら積極的に後押しする事すら稀ではない。
    かと言って、そこまで日本を嫌う割には、半島に帰国するわけでもない。

    彼らは、自らの意志で宙ぶらりんの立場(在日・パンチョッパリ)を維持し続けている。
    (この「現地に溶け込まない」姿勢は、日本に限らずどの移民先においても同様)

    なお頭の痛い事には、彼らは、
    これで日本人に忌避されないと思っているし、
    何故に忌避されるか分かっていないし、
    分かっても、それは日本が悪いからだと信じている点だ。
  3. No title
    日本に居てくれなんて誰も頼んじゃいないから即刻帰ってくれ。その国の国民でもないのに、その国の国民になる気もないくせに居続けるなんて異常なんだと気が付け。
    本当にずうずうしい奴等だ。
  4. No title
    >暴言を行う在特会は大きな衝撃

    在特会(在日特権を許さない市民の会)を非難する前に、その名の由来について
    「われわれ在日には、彼らが主張するような《特権》なんぞ存在しません!すべて誤解です!!」
    ・・みたいな話でもしてくれれば、少しは同情してやろうという気にもなるんだけど、
    そんなヤツ ひとりも出て来やしねえええええぇぇぇぇぇwwwwww
  5. 15年市販のトヨタ燃料電池車、年700台目標
    15年市販のトヨタ燃料電池車、年700台目標
    http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20130404-OYT1T02098.htm

    燃料電池の燃料となる水素ガス(H2)がただ同然で入手できるために、電力生産のコストがただになる。 
    従って燃料電池車の燃費はゼロとなり、無限の電力が手に入る。 このエネルギ革命が大量のエネルギーを
    消費する農業に供給したものが植物工場である。 燃料電池の普及によりエネルギー革命が起こり、原子力
    発電所や火力発電所などの発電所及び送電網も不要になる。 今、話題の太陽光発電のメガ・ソーラシステム
    は無駄な投資となる。

    詳細は
    【燃料電池の掲示板】
    http://www.aixin.jp/axbbs/kfn/kfn0.cgi
    【燃料電池タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

    PS:
    売国放送局・NHKに北朝鮮のスパイがわんさかいる
    売国放送局・NHKに北朝鮮のスパイ
    http://www.nikaidou.com/archives/35737
  6. つい半世紀前のこと
    ソ連の鉄砲玉になり半島統一を目論む金日成の軍が建国したての大韓民国を襲った。
    高級将校達は前日の陸軍兵舎の落成式の懇親会で「酔いつぶれて戦場に遅参し」、建国者で且つ大統領の李承晩は「真っ先に逃亡」した。
    韓国軍は途中「難民ごと橋を爆破して」敵を足止めしながら逃げ、出会った若い男達は「強制連行して死の行進」をさせるか、北に徴兵される前に「スパイの濡れ衣を着せ処刑」した。
    かつての日本軍でも連合軍に押され各地を撤退する際、住民を皆殺しにしながら逃げるなどということはしてないがね。
    武人の風上にも置けぬ。
    たまらず身一つで逃げてきたのがザイ共の先祖さ。
    何が祖国か?
    あるのは「怨み」だけだ。
    半島に残った人間は先祖の仇とその子孫だ。
    韓軍兵士として、笑いながら同胞を殺していた。
    お小遣いで懐柔されてても、内心は八つ裂きにしてやりたいと考えてるに違いない。
    くだらない芝居をするな。
  7. No title
    日本で生まれ育って日本語しか喋れなくても外人だからな。
    3世4世なんて当たり前の様にに言ってるけど、異常だよ。
    いい加減期限を設けて、国に帰るか土に還るか決めさせろよ。
  8. No title
    「さっさと帰れ」以外に
    特に思うことは無い感じ
  9. No title
    帰ってきた時のインタビューも見たいw
  10. No title
    日本語がしゃべれなくてもチョン共の祖先は日本や外国に行って住み着いたんだ。チョン語がしゃべれなくてもチョン国へ返れよ。
  11. No title
    >2
    はいはい、チョン乙。

    勝手に日本に住み着いた寄生虫には、出て行けとしか思わないね、日本人は。

    おまえも出て行け。
  12. No title
    1
    民族の誇りがなくても、帰化せずに帰れ。

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