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日本の中の朝鮮文化
(「きょうの料理」モランボン広告より)



[日本の中の朝鮮文化] 大豆
(モランボン広告 きょうの料理 1985年04月号)

moranbong198504

朝鮮の長い冬が、もやしをつくった

大豆に水を与えて発芽させ、野菜に変身させてしまう。このすばらしい発明は、紀元前の古代朝鮮で寒さがきびしい冬の間、野菜がつくれないため生み出されたものです。もとの大豆とくらべて、ビタミンCが新しくでき、ビタミンB1やビタミンB2類もふえている大豆もやし。家の中で、土を使わず栽培できるのですから、冬の野菜に困った人々にとって、大変ありがったかったわけです。
すぐれたものは長く長く生きつづけますね。



[日本の中の朝鮮文化]
(モランボン広告 きょうの料理 1985年05月号)

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土佐の高知で江戸時代からカツオのたたきにニンニクを使っていたのは、朝鮮の影響

冷凍・冷蔵の技術のない時代に生のカツオを食べる。ニンニクのすぐれた殺菌効果を経験的に知っていたのでしょう。カツオの生ぐささをニンニクで消すというのも、りっぱな知恵。カツオのたたきの調理法が全国に伝わったのは、大正になってからです。土佐の高知には、江戸時代から朝鮮の人が開いた唐人町があり、朝鮮の食べ方がいろいろ紹介されました。肉にニンニクを使うのも、その影響と思われます。
すぐれたものは長く長く生きつづけますね。



[日本の中の朝鮮文化]
(モランボン広告 きょうの料理 1985年06月号)

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朝鮮語の「ナムベ」が日本で「なべ」になった

「ナムベ」のほかに、地方によって「ナムビ」、「ネムビ」と発音は少々ことなります。いずれにしても、「ナベ」の音に近いですね。鍋釜といいますが、釜も朝鮮語で「カマ」と発音します。いままでなかった道具がつたわった時に、その道具といっしょに言葉もつたわることが多かったのでしょう。上代のなべは土なべであったようで、大和朝廷の時代に、百済から鉄盤の博士、将徳白が日本に来て、その製法をつたえたものといわれています。
すぐれたものは長く長く生きつづけますね。



[日本の中の朝鮮文化] 豆腐
(モランボン広告 きょうの料理 1985年07月号)

moranbong198507

土佐の豆腐のルーツは、朝鮮の人が始めた「豆腐座」。

日本だけでなく、アメリカでも人気の豆腐。中国でつくり出され、わが国に伝えられたとされています。ところが、文献によると別のルーツをもっている土佐の豆腐。江戸時代初め、山内一豊が高知城を築いた頃、朝鮮の人が住む唐人町で「豆腐座」が開かれ、江戸時代末まで独占的に豆腐が製造販売されていました。伝統的な豆腐は固くて、田楽やすき焼きにも使われているそうです。



[日本の中の朝鮮文化]
(モランボン広告 きょうの料理 1985年09月号)

moranbong198509

日本のオリジナルと思った「どんぶり」も朝鮮の人が伝えた

カツ丼、玉子丼、親子丼、うな丼、天丼、鉄火丼…日本には、どんぶりものがいろいろ。ソバやウドンもどんぶりですし。このどんぶりということば。朝鮮の汁ものの容器、湯鉢(タンバル)が変化したものといわれています。朝鮮では、大きなどんぶりを卓に置いて、サジで食べるのに対し、日本ではハシ。手にもてるように小さくなっていって、いまのどんぶりの大きさになったと思われます。
すぐれたものは長く長く生きつづけますね。



[日本の中の朝鮮文化]
(モランボン広告 きょうの料理 1985年10月号)

moranbong198510

古事記に曰(いわ)く。「こうじによる酒づくりを教えたのは、百済(くだら)の須須許理(ススホリ)。」

古代、日本での酒は「口かみ酒」。蒸し米口でかみ、唾液中の酵素によってでんぷんを糖に変え、アルコールに発酵させていました。こうじの力を利用して、酒や漬物などをつくる方法が伝えられたのは5世紀、応神天皇の時代といわれています。以来、日本で酒のつくり方は、はぐくまれ、いまでは日本文化のシンボルとして、清酒は世界に知られるようになりました。
すぐれたものは長く長く生きつづけますね。



[日本の中の朝鮮文化] 味噌
(モランボン広告 きょうの料理 1985年12月号)

moranbong198512

新井白石の書に、「未醤(みそ)である高麗醤(こまびしお)は高麗の方言である密祖(ミルソ)からきた。」

醤油とともに、日本の調味料の代表選手である味噌。重要なたんぱく源としても役立ってきました。朝鮮半島から伝えられたのは、8世紀頃と言われています。信州の田舎味噌の本場では、大豆を煮てつぶし丸く固めた味噌玉(写真)を軒下や屋内につるす風景がつい先年まで見られたそうです。朝鮮でも全く同じことが行われていました。朝鮮にも味噌汁に似た「テンジャンクッ」や味噌の鍋もの「テンジャンチゲ」があります。
すぐれたものは長く長く生きつづけますね。



[日本の中の朝鮮文化] ミカン
(モランボン広告 きょうの料理 1986年02月号)

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ミカンの祖先「たちばな」は新羅よりの渡来人 田道間守(たじまもり)が伝えたという。

ミカンの仲間というとふつうのミカンをはじめ夏ミカン、オレンジ、ハッサク、イヨカン、ユズ、ザボンなどいろいろありますね。古事記によればわが国への伝来は垂仁天皇の頃(紀元前1世紀)田道間守が常世国(とこよのくに)(今の済州島)からさがしてもって来た最初とされています。たちばなは、田道間守の名にちなんでタジマバナと呼んでいたのがつまってタチバナになったといわれています。
すぐれたものは、長く長く生きつづけますね。



[日本の中の朝鮮文化]
(モランボン広告 きょうの料理 1986年04月号)

moranbong198604

おそれおおくも葵の味噌汁。

葵といえば日本では、徳川家の御紋として有名。でも、朝鮮では葵は味噌汁やお粥に入れる具としてとても身近な野菜です。オクラのようにぬめりがあっておいしく、利尿効果もあるといいます。葵の御紋は、徳川家の祖松平氏が信仰した京都賀茂神社の葵祭の“双葉葵”が由来とか。一方、朝鮮の人たちが普段食べる葵は「アウッ」といって“冬葵”のことです。同じ葵でもかたや将軍家のシンボル、かたや庶民の食べものになるというのは面白いですね。



モランボン(wikipedia)
エピソード

創業者のひとりである全演植(ジョン・ヨンシク)は日本統治下の朝鮮全羅南道(現在は大韓民国の施政区域)出身。朝鮮商工人として初めて朝鮮総連副議長に選出され、日本にいながら北朝鮮の最高人民会議議員を務めた。北朝鮮の最高勲章である朝鮮民主主義人民共和国愛国賞を受賞。

・以前は店舗の看板に「朝鮮料理 モランボン」と記載していたが、全演植の死後、2000年代に入って「韓国料理」と改めた。現在は韓国国内にも支社を設立して事業を展開している。

・きょうの料理で韓国料理の講師を務める全京華(ジョン・キョンファ)は、全演植の実弟である全鎭植(ジョン・ジンシク)の長女。



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ニュースではないですが、画像を2チャンネルで拾ったので、テキスト起こししてたててしまいました。




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日本ニュース | コメント(20) | トラックバック(0)
コメント
  1. No title
    さて、モランボン不買運動はまだ?
  2. No title
    中国は?朝鮮半島でいきなり文化が発生したとかいう気か?このキチガイ!!
  3. No title
    万年属国の朝鮮半島に文化?
    文明すら怪しいのに・・・
  4. No title
    そういえば
    100ショップの大創のことも
    「韓国語の『何でもある』という意味の『テソ』
    という言葉を日本語にしたものだ」
    とか言ってる奴がいたな、、、
    大創はもともとバッタ屋だから、何でもあるってコンセプトは無いと思うんだけどね。
  5. No title
    元ネタは金達寿の「日本の中の朝鮮文化」あたりじゃないかな。
    真面目な本かと思って読んだら、ダジャレとコジツケだらけの本でした…
  6. No title
    まぁモランボンはもともとが向こうの企業だから何言っても不思議じゃないんだけどなぁ。
    それにこの頃はだいぶ正体がばれてきたから、こういうのがもっと広まるのはいいこどだなぁ。

    少なくとも一般の日本人に同じくらいの認識が広まればいいなぁ。
  7. No title
    調べたら生粋の朝鮮企業ですね。
    嘘をつかないと窒息してしまう生き物であることを体現した立派な広告ですね。
  8. No title
    ちょっとでも音が似てたらすぐさま朝鮮半島起源。
    「大陸から伝わった」ものも当然朝鮮半島起源。
    古事記だろうが日本書紀だろうが、都合にいい部分だけは本当の事。
    まぁキチガイの発想ですね。
    昭和60年ってあるからだいぶ昔ですね。まぁ今でも大して進歩はしてないようですが。
  9. No title
    昔は捏造し放題だったんだなぁ。
    今は簡単に調べ物ができる、いい時代になったもんだ。
  10. 朝鮮塵はわが国を倭とバカにするが
    古代のスーパーパワーである。
    殆ど独力をもって世界帝国である唐と互角の戦いを繰り広げ、朝鮮塵自慢の百済や新羅はその「保護国」でしかなかったんだよ。
    朝鮮塵は昔からユーラシア大陸の端に住んでいたことを随分自慢にしているが、大陸に住んでいようが雑魚は雑魚だし、島国だろうが強国は強国なんだよ。
    朝鮮塵が日本人に優越すると言うその根拠は単に方角だけの問題だ。
    西に住んでいる人間は東に住む人間より優秀に「違いない」とするくらいバカな議論だ。よく恥ずかしくないよな。
    恥を失ったら人間お終いだぜ?
  11. No title
    けっこう詳しいサイトみっけたttp://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n110633
  12. No title
    鄭大聲
    http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%A2%C2%E7%E6%E1

    1933年(昭和8年)、京都府に生まれる。

    本籍、韓国慶尚南道。1961年、大阪市立大学大学院理学研究科修士課程修了。理学博士。モランボン(株)研究所所長、国立民族学博物館共同研究員、大阪経済法科大学客員教授、滋賀県立大学人間文化学部教授などを歴任。

    * 『食文化の中の日本と朝鮮』(講談社現代新書、1992)

    統一日報にもコラム書いてたね。
  13. No title
    朝鮮人は根性の曲がったどうしようもない嘘つきだというのがわかるね
  14. No title
    1985~6年にこんな広告を見せられていたらコロッと騙されていただろうな。
  15. No title
    今でもコロッと騙されるであろう人がいることは想像に難くないよ。
    年寄りに限らない。
    中国様韓国様北朝鮮様の言い分が全て正しいのでございます
    小日本に文化をもたらしてくれてありがとうございます
    と言って額づいていることが「友好」だと思ってる連中。
    そういう連中が実は一番友好にとっては良くないのにね。
  16. No title
    府中の企業だよモランボン。
    正式名称さくらコマース。
    出身地的には南よりは北のほうと関係がある。
    ついでにいうと、
    歴代サクラの名のつく筋金入りの競走馬の馬主でもある。
  17. No title
    モランボンは、もろに朝鮮企業ですから・・・
    まぁあちらの学者の学説などをみても同様の妄想のオンパレードですからねぇ(笑)
    ものが生まれ発展するには、それなりの背景が必要だと言うことを悉く無視しているのが彼らの起源説。

    もやしはインドや中国起源だし、大蒜にしても中国伝来であり、鰹のたたきの食べ方ににんにくも使うが、その他多くの薬味が使われる他に燻しもする。要するに臭み取りであり朝鮮などなんの関係も無い。
    また「下らない」並みの言葉遊びの妄想をしているのが鍋。
    ヒント。各地の両班で文法すらバラバラに使われていたハングルを纏め上げ統一し、言葉として使用可能にしたのは日本の学者。当然名前や呼び方の多くが日本読みに成っています。、「ナベ」の音に近いからなんだって?
    ぁぁあ?w

    豆腐に関しても韓国の物は中国式であるのに対して日本の豆腐は製法から種類まで千差万別で比べる方が笑えるレベル。なんていうか韓国起源説説の全てに言えるんだけど「水は低いところから高いところへは流れない」「文化文明が生まれるのにはキチントした背景がある」
    という事くらい理解したほうがよい。
    次はどんぶり。
    これは実は本来の日本の食事形式とは異なる。まずは時代背景を見てみると江戸時代頃に生まれた。
    江戸といえば町人文化が大いに咲き乱れた時期で、気の短い江戸っ子は何でもひとつのどんぶりに纏めて食べたとある。
    要するに早食いというやつですね。そして時代背景を探っても朝鮮の朝の字すら出てこない。仮に器だけをみても様々な食器が使われており由来の意味が分からない。
    もしかするとマジェマジェして食べる犬食い韓国とどんぶり文化が似ているということなのか?
    いゃいゃ似て非なるものだよ(笑)
    次は酒。
    酒に関しても稲作と同時期に伝わったと見られているが、米の遺伝子研究から朝鮮渡来説は完全否定され、更に中国の研究機関の二十年に及ぶ調査でも同様の結果が出ている。
    それによると米作(酒の原型も)は中国から日本へ、そして日本から朝鮮半島へと伝播したという事で、なにより韓国ですら本格的に米作が行われだしたのは日本統治以降。口かみか何か知らないが酒の手法で世界各地に残っている古典的なものをくっつけて何が言いたいのやら。
    因みに日本酒の造り方は独特であり種類も豊富。酒税法が改正されるまでは日本各地で独自製法を持つどぶろく名人が存在しており、現在の朝鮮の米を原料とした地酒が逆に多大な影響を受けたと思われる。(李朝時代は米は殆ど作られておらず、庶民はおろか特権階級でさえ米食すら稀)そして朝鮮で飲まれていたのは簡単に作れる焼酎。

    味噌いってみようか。
    これも原型は中国伝来。
    鑑真和上が来日した際に味噌の原型を持ち込んだのが日本の味噌の始まりとされ、その流れを今でも汲むのが乾燥納豆に浜納豆そして大徳寺納豆。

    みかん。
    これには自生説から外来説、古書による伝来など様々ある。発祥はインド、タイ、ミャンマー(ビルマ)あたりとされています
    でモランボンが使ったのが古書による伝来。しかし 田道間守(タジマモリ)の“橘”導入伝説は景行天皇(西暦71年即位)の時代であるが、それ以前の神代に「橘」の存する記述がある。それは記・記すなわち、古事記神代記上巻、又日本書記巻之一である。チャンチャン♪。
    まぁこれで田道間守の橘伝来説を否定という訳でなく、遺伝子学的見地から探って欲しい所である。因みに古書の新羅は当時は日本の勢力圏内で、それは石碑にも刻まれていたはず(笑)

    最後最後w

    日本人はびびり、朝鮮人は食べていたと・・・それがどうした?そんな事でいばられてもねぇ。。。
    まぁ我々も古来より食していたオクラも葵科なんですけど・・・。



  18. No title
    新羅は当時は日本の勢力圏内で、それは石碑にも刻まれていたはず(笑)

    訂正
    新羅でなく任那と百済だったw
    因みに済州島は任那範囲
  19. No title
    朝鮮もだいたいずーっと中国の漢語圏だから中国→(朝鮮)、日本で似た発音になっただけなんじゃね?
  20. No title
    近所のスーパー「西友」(サニー)の餃子の皮類(シュウマイや春巻き含む)が全部モランボンに占領された。
    意見書出したんだけど「仕入れの関係で一番安定して安価に提供できるから」だった。
    それ以来、餃子の皮は別のスーパーで買っている&その他の物も、別のスーパーに行くことが多くなった。

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