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朝鮮通信使、日本幕府の政治的意図に利用された
(聯合ニュース 韓国語 2013/03/07)



ロナルド・トビ教授 新刊『日本近世の鎖国という外交』で主張

1853年、米国ペリー提督が率いる“黒船”艦隊が日本に到着した。黒船艦隊を恐れと畏敬の目でみた日本は屈辱的だが開港し、結果的にこの事件を契機に長い間の鎖国の閂を開けて西欧と肩を並べる近代化先進国に伸び上がることになる。

ペリー提督によって強制的に開港するまで日本は200年間余り国の門を硬く閉ざしていた。1630年代に日本の対外方針が徐々に厳格になりながら1639年に鎖国政策が完成されたというのが学界の一般的な見解だった。

だが、日本および東アジア近代史研究の権威者であるロナルド・トビ米国イリノイ大学教授は新刊『日本近世の鎖国という外交』で日本近代史を“鎖国の歴史”と見る従来の歴史観に疑問を提起しながら、日本の近世の歴史を見直さなければならないと主張する。

著者は、織田信長が京都に入城した1568年から豊臣秀吉政権を経て徳川家康の江戸幕府が崩壊した1868年までの約300年間を近世と設定した。

トビ教授が近世日本の鎖国政策を見直すことになった決定的契機は朝鮮通信使であった。 1966年に韓国を初めて訪問した彼は、韓日の文化交流を導いた朝鮮通信使の存在を知るようになった。

近世日本は外の世界に完全に開放しはしなかったが、朝鮮通信使をはじめ、琉球王国使節団等を通じて朝鮮、中国、琉球王国など、当時の東アジア諸国とは活発に交流していたというのが著者の分析だ。また、長崎、対馬、薩摩、松前など4つの'窓口'を通じて、東アジアの国はもちろん、オランダなど西洋とも交流して世界とつながっていたと指摘する。

それと共に、従来の日本鎖国論はヨーロッパ中心的な視点から出たものと批判する。日本がアジアの一員という事実を排除してヨーロッパとの関係にだけ焦点を合わせた視点というのだ。

朝鮮通信使が日本に利用されたという著者の解釈も目を引く。

朝鮮から見ると、朝鮮通信使は壬辰倭乱以後、日本幕府の要請により派遣したことに過ぎなかった。日本は文明水準が低く風俗が乱れた国というのが当時の朝鮮の一般的な日本観だった。

だが、徳川幕府政権は政権の権威を表そうと、『日本書紀』などに出てくる神宮皇后の三韓征伐神話を利用し、朝鮮通信使を“属国の朝貢使節”のように演出したと著者は指摘する。

朝鮮通信使の日本国内の移動経路も1人でも多くの日本人に通信使の行列を“見せる”ために構成された。

著者は「自らの地位を高めるために朝鮮通信使を“朝貢”と演出した幕府は、通信使が来日した際、将軍の権威を内外に表すための政治的道具として利用した」と分析する。

著者は朝鮮通信使を通じた韓日交流を両国の外交的な問題ではなく、日本国内の政治問題として接近、新しい'日本読み取り'の見解を提示した。 ハ・ウンジュ翻訳 400ページ 2万3千ウォン。(機械翻訳 若干修正)



韓国では「朝鮮の先進文物を日本に伝播した『韓流の元祖』」と喧伝していて、数年前から民団や日本の“良心派”とユネスコの「世界記録遺産(世界の記憶 Memory of the World)」に登録しようとしているようですが、ちゃんとこうしたことも申請内容に入れてくださいね。

あと、こうした↓ことも。



2012年07月20日
日本は朝鮮通信使をだんだんと蔑む態度になっていったニダ!
2010年04月09日
朝鮮通信使は『鶏泥棒』ではなかった?





「鎖国」という外交
ロナルド トビ
「鎖国」という外交 (全集 日本の歴史 9)
徳川の国家デザイン (全集 日本の歴史 10) 徳川社会のゆらぎ (全集 日本の歴史 11) 開国への道 (全集 日本の歴史 12) 文明国をめざして (全集 日本の歴史 13) 走る悪党、蜂起する土民 (全集 日本の歴史 7)
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日本ニュース | コメント(15) | トラックバック(1)
コメント
  1. No title
    >一人でも多くの日本人に通信士に行列を“見せる”ために構成された

    こんな衆人環視のなかでも ニワトリを盗むチョンさすがw
  2. No title
    朝鮮通信使は、徳川幕府への朝貢使節であることは史実であって演出ではない。

    本来ならば、幕府への朝貢使節であれば、幕府の権威を高める存在となり得るが、躾の悪い朝鮮人が糞小便を垂れ流していくは、鶏は盗むはで、必ずしも日本国民に対して、徳川幕府の権威を高めるような存在ではなかったと言うべきだろう。
  3. 徳川以前に一地方領主の対馬の宋家に数百年間、年貢を収めてた事実もユネスコに申請しろよ、大韓帝国の末裔さんよW
  4. No title
    江戸城の正門からも入れてもらえなかった連中かw
  5. 正門から入れてもらえなかったとも聞くが(笑)
    日本は江戸時代から世界で五指に入るスーパーパワーだから仕方ないけどな。
    半死半生の李氏朝鮮の使節団の待遇はそれくらいで丁度よかったんだよ。
    ところで、朝鮮通信使一向は道中鶏泥棒をしつつ、やたら日本の国情を調べて記録に残してるな。
    やはり、あれか?
    宗主国である満州人の征服王朝(清)の意向を受け、敵情視察をしてたのか?
    でなければ外交権を奪われた李氏朝鮮が他国に使いをやるなど不可能だからな。
    清朝が直接日本に使いをやるとなると、満州皇帝と日本のオオキミと、どちらが上かはっきりさせないといけないから色々面倒だ。
    しかし当時のアジアの雄である江戸日本の国情は何としても知りたい。
    その点、下僕である朝鮮王に頭を下げさせれば、満州皇帝の対面は傷つかず、かつ日本の国情を調べることができる。
    いつも適当な朝鮮両班が、日本に派遣された時はきちんと事実関係に基づく具体的な記録を残すのは、
    「宗主国の命令だったから」と解釈すれば合点がいく。
    でなければ、奴らは火病を起こし、泡を吹いて死んでいるだろうからな(笑)
  6. No title
    たしか朝鮮の学者と日本の学者が会話して新しい知識が得られないどころか
    日本の方が優れていたから期待外れと見下すようになったんだっけ
  7. 〉2
    江戸の庶民にとっては「娯楽」だったようですよ。
    ママ、サーカス団が通るよ!みたいな(笑)
    しかしあいつらちゃんと「色の付いた着物」を着てたんだろうか?
    色の着いた着物は清からの高級輸入品だから、王族と上級両班くらいしか着れないだろうに。
    使いに出される中級両班程度では微妙なとこですな。
    もしお約束の「白」だったとしたら、死に装束を着て行進する朝鮮通信使は尚更浮いた存在だっただろーなー
  8. No title
    ※6
    そう。
    日本からの「水車の技術習得」も60年を経て2回していますが、
    通信使の観察眼が悪いのか、頭が悪いのか、朴れませんでした。
  9. 鶏泥棒大丈夫か?
  10. No title
    たまに通信使が来るぐらいの距離感で十分でしょう。
    今はお付き合いしすぎ。
  11. No title
    てか、普通に朝貢だしww
    何より重要なのは朝鮮側も朝貢団の自覚が
    あって、苦々しく思っていたこと。
    だからこそ謁見を仮病使ってサボってる奴が
    居るわけでw
  12. No title
    でも通信使の時代が、双方にとって一番幸せだったよな。

    キタの問題が片付いたら、
    日韓、日中関係を江戸時代程度にまで戻さない?

    それベストと思う。
  13. No title
    普通はご機嫌伺いに参上する方が隷属国だわね。
  14. No title
    まあ、朝鮮通信使は地方の王ですら有りませんでしたからね( ´,_ゝ`)プッ

    江戸幕府の将軍様としては流石に格下って頭が有って
    通信使を必要以上に優遇しなかったのは当然の事

    江戸幕府的には朝鮮は余り重要では無かったのでしょうな┐(´д`)┌ヤレヤレ
  15. No title
    汚れた街を見たくないニダ 着火!

    っていうニュースがあったので、いつ来るかなと思ってるんだけど。

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