「くだらない」の語源は「百済にない」ニダ!
2009/07/23 Thu
(韓国毎日新聞 韓国語 2009/07/22)
慶一大総長・イ・ナムギョ
日本古代史に最も影響を及ぼしたのは何といっても百済ということができる。日本書紀を見れば「百済近肖古王405年に王仁博士が千字文と論語を持って日本へ渡り、聖明王552年に怒利斯致契が仏教を初めて伝播した」となっている。
660年8月、百済泗沘(サビ)城が陥落して、663年6月白馬江(ペンマガン)の最後の決戦の時までの3年間に数千の百済人が日本に渡ったが、彼らの大部分は知識階層だったという。これによって、新しい農機具と土木技術、仏事、仏経、新医術である鍼術、古代国家を形成する律令体制など国家の根幹を形成する大部分の百済文化が流入し、日本は新しい新文明の全盛期を謳歌することになる。
日本に渡った当時の百済人は非常に優遇され、百済の職位をそのまま認められて官僚や将軍などに任命されたが、日本政府はこれらを受け入れるために行政組織を16官位から20官位に拡大改編までした。当時、日本政府の要職の国防大臣や文部大臣など、すべて到来した百済人を任命したことで発生した言葉が「アマクダリ」(天下り)だ。これは「空から降りた人」という意味で、現在でも高級官僚が退職して関連機関の幹部などに降りて行くことを「アマクダリ」という。その当時、日本の首都は滋賀県近江であり、673年に飛鳥地方へ遷都し、また再び710年に「奈良」に移転する。この時から784年までを「奈良時代」という。
「ナラ」という言葉は「ウリナラ(我が国)」の略語として、当時日本の首都であった場所を百済遊民らは「ナラ」と呼び後に漢字をあてて「奈良」になった。
百済遊民らは消えた祖国百済を「大きな国(コンナラ)」といったが、この言葉が変わって「クンナラ→クダラ(百済)」になった。百済(ペクチェ)を「クダラ」と呼ぶのはこれに起因する。
日本に渡った百済遊民は新羅(シンラ)を「シラギ」、高句麗(コグリョ)を「コクリ」と呼びながらも、百済に対してだけは絶対に「ハクサイ」とせずに「大きな国」すなわち「クダラ」と呼んだことを見れば、彼らの執念がどれほど強かったかを察することができる。このような言葉に対する執着は、私たちの固有な風習を見れば簡単に理解できる。
多くの兄弟がいる時、本家は先祖に対する祭事や全てのことを主管するから財産を全部譲られ、他の兄弟より豊かで多くのことを内包する。したがって今、百済遊民らが生きている日本が「ナラ(国)」ならば、百済は一番上の兄格の「大きな国(コンナラ)」という意味から出た言葉が「クダラ」だ。
「クダラナイ」という言葉は直訳すれば「百済にない」になる。言葉の意味は「つまらない」だ。「良くて立派なものはみな百済にあるのに、これは百済にない。だから、つまらない」という言葉だ。(翻訳 2ch 蚯蚓φ氏)
「くだらないニカ?」
「君」と「僕」の語源は「金」と「朴」ニダ!
「カミ(神)」の語源は「コム(熊)」ニダ!
「サムライ(侍)」の語源は、言うまでもなく「サウラビ(戦う親父)」ニダ!
「悲しみ」の語源は渡来人が発した「カーナーシミー(貧乏民)」ニダ!
「ワッショイ」は日本に無事に到着した渡来人たちの喜びの歓声ニダ!
空耳アワーの時間ニダ!
弟のイルボンは耳かっぽじってよく聞くニダ!
ですね。
わかります。
地方からの酒は江戸に「下る」けど、関東の酒は地方には「下らない」
下らない酒=とるにたらない酒
ってのが語源だぜ!
研究者だけでも漢字を読めるだけの学力つける学習法の想像でもしとけ
勿論ナムギョ先生の駄洒落一つ一つに正しい語源の解説を付けて。
この先生が大学の総長だと云うのもポイント高いですね。
どれほど面白い事が書いてあるのかキチッと解説を付けないと昔あったオフィシャルプレッピーハンドブックの様なものが出来て内容を真にうける人が出ないか心配だけど。
これに関しては「へうげもの」にそれっぽい話が載ってるね。
もうそろそろ首都「ソウル」は英語の「SOUL」の語源であるとか言い出しそうだな。
東亜+にも新作を期待している人たちが多数いる。
しかし、「くだらない」の元ネタ、「くだる」について説明がない点について。
残念だなぁ。
↑これ、李氏朝鮮のそれも中期以降の習慣だから。
何を今更言い出した
マジレスすると、「そそ(女性器)を売る」=「売春」がソウルの語源ですよ
↓
百済とは関係ない
↓
下らない
これなら筋は通るけど、意味を伴わない。
言語学って難しいね。
朝鮮半島に無くて日本にある=スグレモノ ではないかな
だそうです。
読むのか?
発音するのか?
〇登用したい人材を招聘
だな、普通に考えて。
早くこの先生の本出版しろよ、笑えるからw
今日もお前の「百済ない」ネタを待ってたぞ!
その百済を滅ぼした新羅の子孫が韓国なのだから。
その新羅も高句麗に滅ぼされ、高句麗はモンゴルから来た李将軍に制覇された。
・・・朝鮮の祖先って、ナニ人だ?www
こんな寒いのも大概にセイよと
ところで立派なものという意味の言葉は「クダラアル」ニカ?
日本と朝鮮半島の正当な支配者であると主張しても文句のつけようがないわけだ
www
↓
百済__ない
↓
くだらない
↓
くだらない
日本に伝わって、侍が真似をしました。
って、いつ言い出すかな?
一億歩譲って百済だったとしたところで、今の韓国と関係ないけどな。
この教授は韓国に興味の無い、日本研究家なのでは?
馬韓(百済)は礼儀が無く、人民は乞食か犯罪者の群れの様な姿で、
鉄を作る事を知らないばかりか集落さえ満足に作れない有様だ
と書かれてるな。
鉄の武器で武装している
と書かれてある。
「クダラナイ」を直訳すれば「下らない」だw
百済なんか関係ネーよwww
とありますが
姑息にも展示室から同じ協働センターの1階会議室に場所変えだそうです。
http://blog.zaq.ne.jp/spisin/article/995/
ツーと飛んできて
ルと留まるという
あれですな。
この大学総長って逆の方向に神懸ってるよな・・・
百済はつまらない取るに足りない国として、
くだらないというようになったのではないニカ?
(真実か否かは、誰も証明できんが)
「神」とか「君」は、ナイけどなー
大学総長もこんなもんだろ
つか、嗤って欲しい芸人なんか?
「百」って「ハク」なんて読めないよな?
「ヒャクサイ」「ヒャクザイ」辺りならまだ分かるけど。
…「百」と「白」の違いが分からない、なんて事は…無いよね?
を指す言葉として、
倭国の辺境だった百済産のものを、
「百済内」と呼んだ、とか言う発想はないのかね。
百はハクと読める。
月日は百代の過客として
と言う芭蕉の文句でもハクタイと読むものらしい。
どれが一番とんでもないかランキング作ろうぜ。
それも違うんだけど...
日本人は下痢をするけども半島人は慣れっこで下痢をしない。
繊細で上品なところのない半島人の体を「下痢をしない」=「下らない」と言った。
これが語源だ。
ニヤニヤ見てないで正しい説を教えてくれよ。
当時の現地人が自国を何て呼んでたかなんて史料残ってないだろ。
あと、「なら」は「なだらか」の転訛でしょ、普通に。
あの地名はまず「なら山(なだらかな山)」があって、その麓の地も「なら」って呼ぶようになっただけ。
「ナラ」=「国」って解釈じゃ「なら山」の意味が通らない。
それから百済から亡命して来た連中は日本の政権の中枢になんかいなかったし、「天孫降臨」の神話はその何世紀も前から存在してただろ?
日本のことも百済のことも知らないのに「日本語と百済の関係」についてこんだけ堂々と文章書けるとは流石半島人。
「息をするようにry」ってのはこういうメンタリティじゃないと無理だよな。
ノムタン亡き今。
われらはこのような人材を待っていたのではないのか。
昔の中心は天皇のいる京だっただから、これを上方という。
そんでもって物が集まるのも大阪。
良い物は江戸にも京、大阪からの下りものとして高級品として扱われた。
逆に江戸に来ない粗末なものを下らないとされたってこと。
後に醤油が千葉県で盛んに作られるようになって下りものより質がいいものとなっていったんだけど、2はそれと勘違いしてるんじゃないのか?
環球時報は22日、韓国・檀国大学の金容雲首席教授が「日本語の起源は百済語」とする著書を著し、
8月に日韓同時に出版されると伝えた。同記事に対して、中国人ユーザーによる韓国・韓国人批判が相次いだ。
金首席教授は、朝鮮半島の三国時代(新羅・百済・高句麗)の歴史をしるした「三国史記」や高麗語資料の
「鶏林類事」を研究し、「現代韓国語の主な起源は新羅語で、日本語は主に百済語が発展したもの」との説をたてた。
また、日本の第26代継体天皇は、百済第22代王の弟の「昆之」と同一人物と主張した。
これまで韓国で、「孔子は韓国人」、「漢字は韓国で作られた」、「イエス・キリストは韓国人」などの説が発表され、
韓国に伝わる「江陵端午祭」がユネスコの世界文化遺産に登録されたことなどから、中国では「韓国人は歴史をゆがめ、
横取りする」との反感が強い。
同記事を紹介したインターネットサイト環球網のコメント欄には、韓国・韓国人を批判する書き込みが相次いだ。
「中国に続いて日本。次はどこにする?」、「韓国人は実に“創造的”だ。日本人も目まいを起こしているだろう」、
「天なる神も、韓国人だろう」、「太陽系も韓国人の発明」、「こういうのを見ると、日韓併合は正しかったと思う」などの声がある。
中国に突っ込まれている様じゃなぁ....
酒の説だと、江戸時代より前から「下らない」、「下らぬ」が使われていたことに説明がつかない。
「~ない」は名詞に直接付かない。それより古い「~ぬ」なら尚更付かない。
「百済」「ない」説は文法上おかしいし他の類例もない。
そもそも字が「下らない」、「下らぬ」であって「百済ない」ではない
日本語の文は縦書き。
だから文を読めば、目は自然に下に下っていく。途中に意味の通らない所や読めない所があると目はそこから「下らない」。
それで「下らない」は、
文が読めない→意味や筋の通らない、分からない。→取るに足りない大した物ではないの意味になった。
自分はこの文が読めない説の方がしっくり来るんですがどうでしょう。
それはさておき、百済がすごいのは仮にそうだとしておいても、
百済の王族その他数千人は日本に亡命してきた(時代を考えれば一国の政府中枢が丸ごと亡命したようなもの)んだから、本来、百済の後継国は日本ってになるんだよね。
最初が酒なのかどうかはさておき、都へ行くものは「上る」もので地方へ拡散する時は「下る」ものなのは古来から共通っしょ。
都から地方に拡散しない(=「下らない」)程度のものは
一過性の局所的なブームでしかないって事でこう言ったんじゃない?
それだと、意味や筋の通らない、分からないの意味が何処から出たのかが不明になる。
「~らない」だと自らの意志で動作の拒否の意味に、「~れない」だと自らの意志ではしたいがその動作が拒否されている状態。
だから、"都から地方に拡散しない"は「下れない」。「下らない」ではない。
>良い物は江戸にも京、大阪からの下りものとして高級品として扱われた。
>逆に江戸に来ない粗末なものを下らないとされたってこと。
これだと、この言葉が京、大坂で生まれ使われたことになる。
たぶん、江戸時代初期の江戸は草深い田舎として扱われていて、酒、味噌、醤油等が満足に造れなかった。
だが、京、大坂は昔から開けていたので良い物を造ることが出来た。だから、江戸では上質の物は京、大坂の上方から買っていてそれを、下り物として有り難がった。
江戸後期には技術も上がり江戸でも良い物を造れるようになりましたが
という説を間違えて覚えているのではないでしょうか。
ただこれでも文法上考えれば、「下れない(ぬ)」、「上れない(ぬ)」になると思うのですが。
同意!!
>67の間違い
クソ教師が居るんだぜ!
俺の女房が聞いたことあるってさ
「騙された」って怒ってたが
女房=脳内女房
このおじさんは。
京にのぼる(天皇のいる京に上る) 江戸に下る という言葉から生まれたものであり
要するに江戸時代に権威が京都から江戸に変わったことを意味している。もっと詳しくかくと次の通り。
つまり、江戸時代になると京都も江戸におべっかを使わざるをえず 品物を江戸に献上するのだが その品物は上等でなくてはならない。 それほど立派ではない品物は弱い京都が江戸に贈ることはできず 下らないものとなった。 ここでは言葉の上では天皇の権威をみとめて京にのぼる(上京)江戸に下るという言葉をつかってはいるが 実態は江戸に献上するのに良い品物しか送れない つまり下等品を下らせるわけにはいかないということから 下らない品物とは二流品以下をさすようになったというのが歴史家が過去にさんざん文献をしらべて見つけ出したことであるらしい。 つまりこの言葉は江戸時代にうまれたものであり江戸の権威が京都をうわまわったという事実を示したものであり 百済があった時代に生まれた言葉ではない。
こうした俗説を引用した阿呆な九州のさる私立大学の教授だったかがいたが 学者のくせになんたる勉強不足かと思ったことがある。
このおめでたい総長とかいう人物は無論学者であるはずがなく 単なる韓国のお笑い芸人であることは疑いをいれない。さもないと真面目な韓国の学者が気の毒というものだ。
もっとも禹そっく(うそつく?)とかいう奇妙な学者の言葉を信じて郵便切手までだした国のことだから 案外真面目に主張しているのかもしれない だとすれば ふふん(冷笑